ビットコインのブリッシュケースについて(英語記事The bullish case for bitcoin)その2

2019年10月5日

さてさて、その1に続いて、その2に参りましょう。今回は貨幣の歴史など、お金の性質とかについて語っている内容となります。相変わらず非常に興味深い内容で、個人的にも考えさせられるような内容でした。

どういうことかというと、やはり、こういった内容は学校ではなかなか手に入らない知識ですね。ホリエモンさんもいっていたが、学校ではお金について教えていないという事実はすごく同感で、そして、資本主義社会を生き抜くのに最も重要な知識なのではないだろうかね。それをないがしろにしたということは如何にもったいないかということがわかりますかな。鋭い人はすでにわかって行動を起こしていますよ。それでは、本文に参りましょう。


お金の起源

最も原始的な人間社会というのは、集団間のトレードは物々交換によって実現されていた。この方法による非効率極まりないことは物々交換貿易の規模、地理的な範囲を制限していた。

物々交換貿易の主な問題点は需要の偶然性問題だ。とあるタイミング、りんごの生産者は魚屋さんとの交換を望んでいるのに、魚屋さんはもしりんごがほしくないとなると、交換は成立しなくなる。したがって、タイミングも重要だし、双方の需要も偶然に一致することが必要だ。極めて厳しい条件である。

時間が経つにつれて、人間はとある価値のあるものを収集する欲望を進化させてきた。そのものは象徴的な価値を持っており、希少性を持っていると特にそうなってしまう。(例えば貝だったり、動物の歯だったり、特別な石だったり)

そして、たしかにNick Szaboが彼の素晴らしいお金の起源についての論文に書いてあるとおりだ。昔の原始人が価値のあるもの(収集品)を収集したいという欲望は原始人に大きなアドバンテージを与えてきて、生物的な競合人種であるHomo neanderthalensis人を凌駕したのだ。

収集品の主なそして最終的な使いみちは富の転移と保存である

収集品は「原始的なお金」としての機能を果たした。それは敵対する部落間のトレードも成立させ、世代間の富の移転もできるようになった。

トレードと収集品の移転は旧石器時代の社会では非常に稀であり、これらのグッズは主に(我々が認識するお金としての機能である交換の媒体としてでなく)お金の価値の保存の機能を果たしていたと考えられる。Szaboはいう:

現代のお金と比べて、原始的なお金は速度という面では非常に遅かった。持ち主の一生の間に、それはたった数回の取引を経るのかもしれない。それにしてもだ、耐久性のある収集品(我々がいう先祖からもらった宝物)は何世代もの間に渡って持続でき、しかも相続するたびに価値が増大する。それは世代間の相続を可能にした。

昔の人々はどの収集品を買ったり、作ったりするときに、ゲーム理論の難問に直面した。それは「どのような収集品は一番人々を引きつけるか」だった。もし正確にこの質問の答えを予想することができれば、莫大な利益をその人にもたらすことができた。

アメリカの現地の部落例えばNarragansetts人はとある何の実用性もない収集品の製造に従事し、その収集品のトレードにおける価値を追求していた。

ここで私が特に書くに値すると思ったのは、収集者はとある収集品の将来価値を予想することができるタイミングが早ければ早いほど、収集者は多くの利益を得ることになるということだ。収集品の価値が世の中に知れ渡っているタイミングより早い時期には安い値段で入手することができるだろう。そして、世の中へ普及していくにつれて、収集品の価値が上がっていくことになる。

それに、この一種のグッズは将来値上がりするだろうという願望で獲得することは価値の保存を望んでいることを意味する。これはこの価値の保存機能認識の伝播につながる。

この循環性は実は一種のフィードバックループであり、社会が一種の価値の保存に一点集中させることになるのだ。ゲーム理論では、これは「ナッシュの均衡」と呼ばれている。価値の保存のナッシュの均衡を遂げることはこの社会の発展を促すのだ。なぜなら、これは労働の分業、貿易の繁栄を促進し、繁栄な文明への道を作ることを意味する。

worldmap for civilization

何千年もの間、人間社会は成長してきて貿易のルートも発展してきて、価値の保存はそれぞれの国で成立しているものが集まってきて、競争する事になった。

商人たちは一つの課題に直面した。彼らはビジネスをした相手の地域の価値の保存を選ぶのかあるいは自分の地域の価値の保存を選ぶのか。もしくは両方とも少しバランスよく持つ。という課題が出てくる。

自分の貯蓄として外国の価値の保存手段を選ぶと、外国での貿易がしやすくなることは間違いない。そしてその商人は自国内でもその価値の保存の手段を宣伝するインセンティブをもたらす。なぜなら、こういった行為はこの価値保存物の購買力を上げることになるのだ。

外国から輸入した価値の保存手段はベネフィットを累積させ、商人だけに利益をもたらしたのみならず、社会そのものにも利益をもたらしたのだ。2つの国が一種だけの価値の保存手段に収束することはお互いの貿易するコストの大きな減少と貿易に従事する人たちの所得の増加を意味する。

19世紀、世界は一つの価値の保存手段に収束したのだ。それは「金」だった。同じ時期には、世界史においても類を見ない貿易の爆発的な増加が見られた。

この素晴らしき時代ににつて、Lord Keynesはこういった:

その時代は人類経済発展において平凡ではないエピソードとなった。中間層あるいは上層のすべての能力と地位が平均より高い人たちに与えられた生活におけるコストがかからなさ、便利さ、快適さ、施設設備などはいかなる時代の最も富んでいる人たちあるいは王様よりも良いものである。ロンドンの住民たちは、ベッドでモーニングティーを飲みながら、世界中の多種多様な商品を電話で注文ができる。